五行と文化　犬夜叉　犬の磔

１１．犬夜叉（犬の磔）

子供たちに人気の漫画、アニメの犬夜叉（高橋留美子氏：原作）を見ていて気がついたことがありますので、
今回はこれを題材にして書いてみましょう。

　この物語は戦国時代を舞台としています。矢で射られたまま大樹に桀にされ封印されていた主人公の犬夜叉が
現代から来た中学三年生の「かごめ」とともに、散ってしまった四魂の玉の欠片を妖怪と闘いながら集めるという
ストーリーです。

　このなかで犬夜叉が大樹に桀になっているところは、恐らく「戌の磔」として礼記に記載されている部分を援用
しているのでしょう。礼記月令季春の記載に「國に命じて九門に難し、磔攘して以って春季を畢ふ（くににめい
じて　きゅうもんに　なし、たくじょうして　もって　しゅんきをおふ）」とあり、このなかの磔攘は犬を磔にす
ることをいいます。また犬の磔は旧１２月にもおこなわれますが、この時は宮城の十二門すべてにはりつけ、季春
すなわち旧3月には東門三門を除いてはりつけられます。

　この犬の磔の意義については礼記や民俗学の立場からこれまでつぎのように解説されています。

１．犬は金気を代表するもので、木気伸長の春を迎えるにあたり金剋木の相剋の関係から木を剋すこととなる犬を
　　磔にすることにより金気を抑えて木気春の功を遂げさせ春季を全うさせる。
２．冬季丑月に十二門に磔るのは、陽を扶け陰を抑えるためである。

ポイントをまとめると以下の３点です。
　①犬は金気を代表する
　②春は木気を剋すところの金気を殺す　
　③１２月は陽を扶け陰を抑えるため十二門にはりつける。

　常識的な説明としては上のとおりで充分ですが、陰陽五行や干支をもって説明するということでは充分ではあり
ません。なぜ１２月は十二門で３月は九門なのか、木気を扶けるのであればなぜ２月は行わないのか等については
なにも書かれていません。これらについての説明を礼記や民俗学に求めることはちょっと無理ですのでここで少々
補足して述べてみましょう。

　その前に理解を容易にするために用語を再確認しておきます。

　正月　：寅月のこと。　季春　：辰月のこと。　１２月：丑月のこと

桀　：木の上に両足をはりつけにしたさま。刑としては柱に縛りつけて突き殺すこと。

磔　：いけにえを割いて祭る。割くという意味があり桀とは原義が異なることに注意。刑としては死体を
　　　　　さらして衆人に見せるもの。

前置きが長くなりました。説明に入ります。

１．１２月には十二門に犬をはりつけること。

　なぜ１２月丑月かといえば、丑月は冬の終り（季冬）で翌月には寅の木気を控えていること、また丑月は巳酉丑
　金局の墓にあたり金気が滅する月にあたることから、丑月に金気を殺すことが最も効果があると考えられるという
ことです。また翌月からは季節として春であり世がすべて春を迎えることから、全世界即ち全方位の十二門すべてを
対象として犬をはりつけにするということを意味します。

　丑月の説明はほぼ従来のものでいいのですが、丑が金局の墓にあたる効用ということは述べられていませんので
補足しておきます。

２．季春辰月には東方の三門を除いて犬をはりつけること。

　辰はすでに木気の旺盛なる時期を過ぎた春の終りであり、翌巳月の火を迎えんとする月にあたります。木気はす
でにその時期を過ぎていることから木気を剋す金気を殺す必要性は重要ではありません。故に寅卯辰に配される東方
三門には犬をはりつけにしないのです。

　それではなぜ辰月に犬をはりつけるかというと、次に行る火気の準備月としての意義があるのです。戌の中には
丁火を含んでいます（戌の日の腹帯を参照して下さい）。犬を磔にするという行為は戌を割いて内に含まれる生命の
火である丁を取り出すことを意味し、その火をもって木気に換えるわけです。この春から夏への季節の循環が順調に
行われること、これが辰月において春気を全うするという意味であり重要な役割でもあるのです。

　木気の最後の月にあたって木に火をつけるものと考えると分かりやすいかも知れません。また辰と戌は沖の関係
にあり沖開すなわち割くと言う行為にも適っているわけです。

以上から､犬の磔には春気（木気）を戌（まも）り畢えしめるとともに、火気への継続という二つの意義があり、
丑月に行うものと辰月に行うものの儀礼的意味合いは全く異なるということが理解できたことと思います。

従来の説明は金剋木の金気を殺すという一点のみで、以前から気になっていましたので今回取り上げてみました。
それにしても「犬夜叉」というアニメは人気があるだけあって面白いものですね。